年末ですねぇ~。もうすぐ2008年もあとわずかです。1年経つのは、早いものです。
突然ですが、皆さんの先祖は何世代までたどれますか?または、どこの出身で、先祖は何家系のでどころだ~なんてわかりますか?
核家族で東京に住んでいると、自分の先祖が何世代までわかるおうちなんて珍しいかもしれません。田舎の名家や地主なら、家系図などがあって何世代までかさかのぼって知ることもできるかもしれません。江戸時代あたりまでさかのぼることができれば、田舎の武家やお寺、神社あたりの家なら、1000年くらいまでの歴史がおおよそわかるものなのかも?しれませんね?
そういうことで、最近、自分の父方の家系をネットで調べてみることにしました。私の結婚前の姓は、“太田”でした。父は、長野県北安曇郡小谷村の出身です。私の曽祖父にあたる人は、小谷村からもう少し山間にある中土のいう土地からの出身でした。今でも、中土から少し離れたところに“太田”という地名が残っています。多分、この地名の村出身です。(中土に曽祖父のお墓があるらしいので。)
ネットで調べているうちに、小谷温泉で有名な
山田旅館がひっかかり、旅館主だった山田寛さんが自費出版で書いた“
小谷温泉讃歌”を古本で手に入れました。そこで、小谷の歴史に“小谷五人衆”という話が登場して、その五人の中に“太田土佐之丞”という名前がでてきました。多分、この“太田土佐之丞”という人が私の先祖にあたるのでは?と考えています。(笑)
江戸時代には、この山田温泉の先祖さんと一緒に中土の村の庄屋として村を守るお役人的な立場だったようです。1642年(
江戸時代)に苗字帯刀と1649年に庄屋制度ができあがったそうです。多分、曽祖父は、この庄屋の分家だったのでしょう?曽祖父は、軍に入ったときに“
近衛兵”であったことを祖母が自慢していたことを思い出します。田舎に遊びに行った時、よく祖母が「近衛兵には、誰でもなれるわけではない。文武とも優秀だったから慣れたのだ」と口にしていた。
“小谷五人衆”は、もともとその地域の豪族で、元は、糸魚川からきた“安曇族”だったという説がこの本に書かれていました。この
安曇族には、面白い説がいろいろあり、今、調べている最中です。
続きは、また。